Mizoroki-Heck Reaction

前回の記事の続きで,今回はMizoroki-Heck反応について書きたいと思います.

  1. 経緯

Mizoroki-Heck反応は1971年に溝呂木勉ら,1972年Richard Fred Heckらによりそれぞれ独自で発見された反応で,溝呂木先生らの論文が国際的にはマイナーなBull. Chem. Soc. Japanに掲載されたのに対して,Prof. Heckらの論文がJOCに掲載されたことからProf. Heckの方が有名になり,海外ではHeck Reactionとも呼ばれる反応です.

Heckの論文の冒頭にはそれぞれ独自に発見したと言いながらも溝呂木らの論文が引用され,先に反応を発見したと報告していた溝呂木らのグループに経緯を表してます.

Mizoroki and coworkers have recently reported a palladium-catalyzed arylation reaction of olefinic compounds with aryl iodides and potassium acetate in methanol at 120. We have independently discovered this reaction and find that it can be carried out under much more convenient laboratory conditions than were used by Mizoroki and that the reaction provides an extremely convenient method for preparing a variety of olefinic compounds.

  1. 反応の概要

Mizoroki-Heck反応はアリールハライドやアルケニルハライドと末端オレフィンをPd(0)触媒下でクロスカップリングさせることで置換オレフィンを合成する反応であり,官能基選択性が優れ,高収率であるというメリットを持っています.
生成する置換オレフィンの位置異性化が起きない系に対し特に使える反応で,基質にアリルアルコール類を使うとオレフィンの位置異性化が起こりカルボニルが得られます.
特徴としては

  • 1置換オレフィン→2置換オレフィンを合成するのに使える
  • オレフィン上の置換基の電子的性質が反応にあまり影響を与えない
  • オレフィンに様々な官能基があっても反応が進む
  • エステル,エーテル,カルボン酸,ニトリル,フェノール,ジエンなどはカップリング反応に適しているが,アリルアルコールは転移を起こす傾向にあり,カルボニルが得られる
  • オレフィン上の置換形式が反応速度に大きな影響を及ぼし,多置換オレフィンほど反応が遅い傾向がある
  • 末端アルケンのような非対称なオレフィンの場合は立体的に空いているアルケン炭素上で置換反応が起きる
  • アリールやビニル部の脱離基の性質が反応速度に大きな影響を及ぼし,反応速度はI>Br~OTf>>Clの順になる.
  • 水や酸素の存在下でも反応への影響はそれほどない
  • オレフィン挿入やβ水素脱離はsyn選択的に進行し,立体選択性が高い

などがあり,

  • β水素を持つ基質はPd触媒への酸化的付加のあと速やかにβ水素脱離を起こす傾向があり,カップリング基質に適さない
  • アリールクロライドは反応性が低く,カップリング基質に適さない場合が多い
  • アルコキシエーテルなどの電子供与性置換を持つアルケンにおいては位置選択制制御は難しい

という欠点があります.

分子間Mizoroki-Heck反応の他,分子内Mizoroki-Heck反応も行われることが多いです.
分子内Mizoroki-Heck反応はアリールハライド(またはアルケニルハライド)と末端オレフィンが同一分子内にある基質をPd(0)触媒下でクロスカップリングさせて環を巻く方法で, 分子間Mizoroki-Heck反応と比べて立体障害の影響を受けにくく,環を形成する反応としてとても使える反応です.
Diels-Alder反応と並び,4級不斉炭素を持つ縮環化合物を合成できる数少ない合成法で多環式の天然物の環構築などに利用されています.
また,不斉Mizoroki-Heck反応の開発や親水性触媒での水中での反応開発,Pd/Cなどの不均一系Pd触媒を使った反応開発などが行われています.

  1. 反応機構

Mizoroki-Heck反応の機構はまだ完全に解明されたわけではなく,また,反応条件によっても若干反応経路が異なります.
一般的にはPd(0)-Pd(II)のサイクルで反応していると考えられてますが*1,反応系によっては2価→4価のサイクルで反応しているとされるものもあります.
Pd(0)-Pd(II)のサイクルで反応する機構では基質のC-X結合のPdに対する酸化付加の段階が律速段階になります.
以下にHeckにより提唱された分子間Mizoroki-Heck反応の機構を示します.なお,Lで表記した配位子はモノホスフィン配位子です.

  1. 反応例

全合成におけるMizoroki-Heck反応の利用例を挙げます.
福山先生のグループでは,ホヤから単離された抗腫瘍性天然物であるEctenascidin 743(ET-743)の全合成においてビシクロ[3.3.1]環の構築に分子内Mizoroki-Heck反応を用いてます.
平間先生のグループでは,スナギンチャクから単離されたZoanthenolのABC環部の収束的合成及び4級炭素の立体選択的構築に分子内Mizoroki-Heck反応を用いています.
Prof. OvermanのグループではAsperazineの全合成においてC3位の4級炭素の導入にジアステレオ選択的分子内Mizoroki-Heck反応を用いています.
Prof. FürstnerらのグループではLasiodiplodinの全合成においてオレフィンメタセシスの反応基質であるスチレンデリバティブの合成にMizoroki-Heck反応を用いています.


ブログが長くなりそうなので全合成における利用例を4例挙げましたが,Mizoroki-Heck反応は全合成で多用される反応であり,全合成の世界に与えた影響は大きいです.

P.S. 反応機構や合成のスキームについてはChemDrawを買ってから追記しようと思います… すみません…

*1:Pd(II)を触媒として使用する場合にはトリフェニルホスフィンなどのホスフィン配位子を添加して行ない,ホスフィン配位子にはPd(II)→Pd(0)へと還元する役割もあります.